日本国国旗

在ケニア日本国大使館は、エリトリアセーシェルソマリアを兼轄しています。

文字サイズ変更

指圧からSHIATSUへ アフリカ初の挑戦

(原稿執筆:マチャコス視覚障害技術専門学校, 五味哲也青年海外協力隊隊員)

「私が家に帰ったら誰も居なかった。私は泣き叫びながら、両親・兄弟の名前を呼び手探りで必死に探した」

彼女は10歳の時に家族に捨てられた。彼女の家は最も貧しい家庭に入るだろう。家族にとって盲目の少女がいることは大きな負担だった。

私がケニアで期待されているものは視覚障害者に指圧を教える事。しかし彼らにインタビューし彼らの置かれている状況を知るにつれ、「指圧を教える事」から「彼らを喰わせる事、誇りを持たせる事」に変わった。

私の配属先は東アフリカ共同体(ケニア・タンザニア・ウガンダ) 唯一の視覚障害者の為の職業学校。「喰わせる」といっても並大抵の事ではない。晴眼者でも仕事が無いのが現状である。加えて、社会の彼らに対する偏見や差別。彼ら自身も臆病で自信が持てないでいる。又肝心なマッサージを受ける習慣が彼らに無く、マッサージ=セックスを連想させるのだ。破る壁は厚く高い。

まず私がやったことは、授業を進める一方でデモンストレーションを行うことだ。学校はもちろん教会や広場など。時には80人近くの人達が私の施術を見るために取り囲んだ事もあった。

特に力を入れたのがマスコミへのアプローチである。注目度の高いバレーボールチームの試合やナイロビ国際マラソンの際の指圧ブースの設置。また数多くの新聞・雑誌・テレビ・ラジオを通じて、指圧の啓蒙を図った。ナイロビでは富裕層の日本人や欧米人へのアプローチも行い、人が人を紹介してくれ私達の目標に共感してくれる人が多い事に力づけられた。授業では彼ら自身が自ら考え実行できるように教会でのデモンストレーションの交渉やディベート、ビジネスマナーのワークショップなども行った。

先日、小さいながらも悲願の指圧クリニックを任地でオープンした。日本の伝統医術の一つである「指圧」がケニアの地で初めて生まれたのである。

冒頭の彼女はこのクリニックにはなくてはならない施術者として、今まで助けられる一方だった彼女が人に喜んでもらう事を生きがいに頑張っている。