大使ご挨拶

2025年大阪・関西万博が開幕しました。大阪万博は「いのち耀く未来社会のデザイン」をメインテーマとして、世界158カ国の参加を得て開催されています。もちろんケニアも参加国です。10月の閉幕までの半年間、パビリオンにおける展示や行事を通じて、日本におけるケニア理解がさらに進むとともに、日ケニア間の交流も進展することを期待します。特に6月24日はケニア・ナショナルデーですから、まさに両国の相互理解・相互交流を前に進める行事がこの前後に集中します。注目していきたいです。
今年の万博のテーマを仔細に見ると、人の命を医学により伸ばす、人の命の新たな側面を科学により知る、人の命を交流により互いにつなぐ、人の命を文化により豊かにする、人の命をやりがいのある活動を通じて価値を高めるなど、命に対する視線が多様で、かつ命の様々なありように密着した視点を持つことに気づきます。1970年大阪万博も人類の未来を技術がもたらす富と利便だけで単純に捉えていたわけではありませんが、55年の年月のフィルターを通して見ると、日本人の人類に対する見方がこの間に成熟したことを感じます。
日本とはまた異なる人の命のあり方の多様さ、複雑さ、困難さと向きあいながら、明るく朗らかにそれらに立ち向かっているケニア。多くのケニア人に大阪を訪問してもらうことを通じて、万博がケニアの挑戦を助けるヒントをケニアに提供することを期待するとともに、日本がケニアの挑戦から学ぶ機会となることもまた期待したいと思います。
広がりのある万博のテーマの中でも、とりわけ技術と産業の面で、日本とケニアの学び合いが実現してほしいと思います。ケニアにすでに進出している日本企業が120以上、現在進出を計画中の企業を合わせるとさらに大きな数になります。皆さん共通してお考えなのは、2050年には世界人口の4割に達するとも言われるアフリカ大陸の需要を取り込んで成長したい、ということです。2050年になってから進出したのでは手遅れなので、今からアフリカ市場に入りたい、その入り口はケニアだ、ということです。英語国であること、インド洋に面していて海路で日本と結びやすいこと、教育水準が高いこと、外国企業を受け入れる寛容な風土があること、政治体制が安定していることが好まれています。ケニアに限りませんが、アジアに比べて労賃がまだ安いので、コスト上の魅力もあります。日本の資金、技術、革新的アイディアを導入して経済成長を実現することはケニアにとり願ってもないことです。ここに共存共栄の道が開けます。
では、ケニアに進出すればアフリカ市場で一気に売り上げを拡大できるのかというと、苦労も多いのが現実です。高い教育を受けた労働力が豊富であるにもかかわらず正規セクター、とりわけ製造業での雇用が少ないこと、農業の生産性が伸びないことなどが原因で、経済全体の成長が中間層の拡大につながっていません。中間層が拡大してこそ可処分所得の増大、購買意欲の増大を通じて需要の増大が実現するので、もどかしい限りです。また近隣するウガンダ、タンザニアなどの東アフリカ共同体(EAC)諸国とともに経済共同体を設立しているので、市場と市場を連結したより大きく効率的な経済が実現しているかというと、現実には域内各国が外交政策や国内産業保護を優先して各種制限を設けているので、単一市場としての流通が実際に行われているのは限られた製品に過ぎません。こうした足枷を少しずつ外していく気の長い作業の末に需要の増大が実現します。
ケニアにおいて、製造業をはじめとする産業部門における正規雇用が増えることに結びつくインフラストラクチャーの整備、農業生産性の向上、近隣諸国との間の市場連結の効率化が、日本とケニアがともに取り組むべき主要な課題であることに改めて気づきます。両国はこれまでもこれらの課題に取り組んできましたが、今後一層強化する必要があります。どのように強化していくべきなのか、半年間の大阪・関西万博開催期間は、日ケニア間で具体的方策を議論するまたとない好機です。皆さんにもこの議論にぜひ積極的に関わっていただくようお願いいたします。
2025年5月9日
特命全権大使
松浦 博司