大使ご挨拶

令和7年12月10日


ワンジラ・マータイ様及びワンガリ・マータイ博士ご家族の皆様、
マータイ・ファンデーション代表の皆様
毎日新聞社高木様、
各国大使閣下、並びにご来賓の皆様、
 
こんばんは。
 
    本日は、ワンガリ・マータイ博士のノーベル平和賞受賞二十周年という、歴史的にも道義的にも大変意義深い節目に、皆さまと共にここに立てますことを深く光栄に存じます。二十年前、ノーベル委員会はマータイ博士の不屈の勇気、揺るぎない誠実さ、そして「人間の尊厳・環境保全・持続する平和の結びつき」をいち早く見抜いたマータイ博士の卓越した先見性を称えました。
 
    本日、私たちはその歴史的瞬間を記念するためだけでなく、いまなお続くマータイ博士の遺産の意味を深く考えるために集まっています。環境悪化、社会的不公正、政治的緊張が続く今日、彼女が伝え続けた「すべての命の相互依存」に根差すメッセージは、さらに強い緊急性を帯びています。
 
    本日、特に強調したいのは、マータイ博士の生涯にわたる業績の中でも、特筆すべきひとつの軸である「日本との深く永続的な関係」です。
 
    マータイ博士が初めて来日した際、日本文化の根底に流れる倫理とも言うべき、「節度・調和・自然への敬意と配慮」に直ちに心を打たれました。美しい森や庭園だけではなく、日常の何気ない生活のなかにある美を愛でる日本文化を尊敬するに至ったのです。しかしマータイ博士が何より感銘を受けたのは、皆さまご存じの一語「もったいない」に出会ったことでした。
 
    この簡単な言葉の中に、彼女は自分の環境保護と人道的信念と完全に一致する哲学を見出しました。「もったいない」は、無駄にすることへの悔いを表すだけでなく、私たちが持っているものへの感謝や私たちを支える地球への敬意も表しています。それは、尊重、責任、節制という三つの永遠の美徳を体現しています。「もったいない」とは、食べ物・水から時間、更にはお金まで、大事なモノを無駄にしないという日本独特の感覚です。モノを大切にしましょう、無駄にするのをやめましょう。
 
    マータイ博士は、「もったいない」という言葉が、自分の生涯の仕事を世界に伝えるために必要な手段を与えてくれたとしばしば語っていました。そして、彼女ならではの強い決意をもって、この知恵を世界中に広めることに取り組みました。日本の主要紙の一つであり、本日ご臨席の高木様の所属されている毎日新聞社との協力のもと、「MOTTAINAIキャンペーン」を立ち上げました。草の根レベルを含めた様々な活動を通じて、この日本特有の概念を持続可能な生活への普遍的な呼びかけへと高めました。環境保護や持続的な開発について議論する国際会議の場においても、その精神の重要性について関係者に強く訴えかけました。
 
    彼女のメッセージは非常に共感を呼びました。それは理論からではなく、ケニアの森や川、コミュニティ、人々を守るために何十年も取り組んできた本物の経験から発せられたものだったからです。
 
    日本は寛大さ、謙虚さ、誠実さをもって応えました。市民、学生、学校、NGO、企業、政策立案者たちが、グリーンベルト運動を支援するために動員されました。環境教育プログラムが開始され、植樹活動が組織されました。日本とケニアの団体間でパートナーシップが結ばれ、共通の目的に基づく永続的な絆が生まれました。
これらの交流を通じて、「もったいない」の精神は生きた架け橋となり、アフリカとアジア、伝統と革新、人類と地球を結びつけました。
 
    マータイ博士はこの橋を深く大切にしていました。彼女は、日本のコミュニティが自然資源を管理する際の注意深さ、何世紀にもわたる伝統的な手法で森林が管理されるやり方、水に対する敬意、そして日本社会に浸透する、清潔さと公けの責任へのコミットメントを称賛しました。彼女はこれらの価値観を文化的な興味本位からではなく、環境保護を世界的に進めるためのモデルとして捉えていました。
 
    日本とケニアのパートナーシップは、このビジョンを体現し続けています。両国は、気候適応、持続可能な農業、水資源管理、再生可能エネルギー、女性のリーダーシップ、教育に共に取り組んでいます。これらの取り組みは決して抽象的な外交的ジェスチャーではなく、まさにマータイ博士の遺産を具体的な成果として発現するものです。それは、解決策は地域社会に根ざし、科学に基づき、思いやりによって動かされ、すべての生命の尊重により導かれるべきだという彼女の信念を称えるものです。
 
    日本は、いくつかの重要な機会においてマータイ博士をお迎えする栄誉を得ました。2005年の愛知万博では、彼女は「もったいない」の理念を積極的に発信し、多くの来場者に自然との向き合い方を見つめ直すきっかけを与えました。また、TICAD IVでは、アフリカの持続可能な開発に関する議論に貴重な視点を提供し、環境保全を人間の安全保障、ジェンダー平等、地域のエンパワーメントと結びつけました。
 
    こうした卓越した功績を顕彰するため、日本政府はマータイ博士に「旭日大綬章」を授与しました。これは国際関係の発展や世界の福祉向上に特に顕著な貢献をした人物に贈られる、日本の最高位の栄典の一つです。この叙勲は、地球を守り、人々を力づけ続けた彼女の生涯への日本からの深い敬意を象徴するものです。
 
    先週の日曜日、私はワンジラ氏の案内で、ニエリにあるマータイ博士のサンクチュアリを訪問しました。そこはマータイ博士の生誕地であり、幼少期を過ごした場所です。成人後も、彼女は家族や親族とともに、定期的にその地で時を過ごしました。当時と変わらず、素朴な泥レンガ造りの家々が残り、マータイ博士やお母様によって植えられた無数の木々が今もなお生い茂っています。サンクチュアリには、絶対的な静寂と平和が満ちています。マータイ博士の家族にとり、この場所はマータイ博士と時をともに過ごした無数の大切な思い出を、博士の樹木と自然への愛、簡素な生活の飽くなき追求、人々の精神的一体性の尊重、そして彼女の哲学とともに思い返す場所なのです。これこそ彼女の「もったいない」哲学の究極の体現であり、これからも家族に守られ愛されて永く存続することでしょう。
 
皆様、
    本日、マータイ博士のノーベル平和賞受賞二十周年を記念するにあたり、彼女の遺産は私たちに行動を呼びかけています。それは、私たちの日々の選択―消費するエネルギー、使用する資源、子どもたちに教える価値観を見つめ直すよう促しています。皆さん、皆さんの幼少期を思い出してください。誰もが、物を粗末に扱ったことで、両親や祖父母、あるいは叔母様から叱られた記憶の一つ二つがあるはずです。モノを大切にしなさい、無駄にするのをやめなさい。それが皆さんの「もったいない」の瞬間です。今こそ、貴重なものは敬意をもって扱うという教えを再び心に灯しましょう。そしてその教えに皆さんの行動を導かせましょう。それが私たちの新たな始まりとなります。私たち一人ひとりの心には、先人から受け継がれた「もったいない」の価値が息づいています。持続可能な変革は、常に個人から始まり、地域社会へと広がり、そして国家が一体となり目的をもって行動することで、力強さを増していくのです。
 
    私たちは、植える木々だけでなく、それらが象徴する希望も育むことを誓いましょう。私たちは、国と国、人と人、そして人間と自然の間に橋を築き続けましょう。そして、マータイ博士の光を受け継ぎ、未来の世代がこの瞬間を、正しいことを行う決意を強めた時として振り返ることができるようにしましょう。
 
ご来賓の皆様、
    彼女の勇気が私たちの行動を鼓舞し、彼女の知恵が私たちの決定の道標となり、彼女の精神が私たち一人ひとりに、より平和で、持続可能で、思いやりのある世界を創る力と、そして責任があることを思い出させてくれますように。
 
誠にありがとうございました。
 

2025年12月10日
特命全権大使
松浦 博司

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